母子家庭「星野仙一燃える男」パワーポイントの原点は母だった!

2019年7月11日




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星野仙一さんはまだまだお若いと思っていたのですが・・・

2017年の暮れには「星野仙一野球殿堂入りを祝う会」が開催されたばかりでした。

すい臓がんだったことも周りの方の方には漏らすこともなかったとか・・・

訃報にただただ・・・驚き悔やまれます。

圧倒的なパワーポイントは母だった!

星野氏は選手、監督として30年以上、球界を引っ張ってこられました。

「闘将」としての圧倒的なエネルギーの持ち主だったと語られています。

圧倒的なパワーの源が「お袋に恥をかかしちゃいかん!」

「母子家庭の子というのは、お袋に恥をかかしちゃいかん、
悲しませちゃいかんという気持ちを持っている。わしもそうじゃった」(星野氏談)

 

星野仙一氏は母子家庭

星野仙一さんは母・敏子さんに女手ひとつで育て上げられました。

母親の胎内にいる時に父親が病死し、姉2人の母子家庭で育ちました。

1947年、岡山県倉敷市出身。
明大から69年に中日入りし通算146勝。
1974年は先発、救援で活躍し、最多セーブと沢村賞を受賞。
監督として1988、1999年に中日、2003年に阪神でリーグ優勝。
2013年に楽天で日本一となり三原脩氏と西本幸雄氏に並ぶ3球団でのリーグ制覇を達成。
2008年北京五輪では日本代表監督。監督通算1181勝は歴代10位。

監督になってからも・・・

中日・近藤、
楽天・銀次

母子家庭の選手をかわいがっていらっしゃったようです。

昨年10月のドラフトも7選手中2人が母子家庭でした。

最後の最後に指名した7位・寺岡(BC石川)もそうだでした。
最後まで信念を貫いた姿がありました。

現役時代は不動の強者・巨人に臆せず立ち向かった姿が想い浮かびます。

監督となっては選手を鉄拳で鍛え、審判に激しく詰め寄る・・・・

人呼んで「燃える男」、星野仙一さん。

この“熱い血”のルーツはどこにあったのだろう?

 

「お父さんがいる子には絶対負けない」
「家の中でたった一人の男なのだから、いつもちゃんとして
何かあったら一番頑張る」

星野さんの小学生のころの誓いだそうです。

星野仙一氏の母はどんな人?

星野仙一氏の母親は工場住み込みの寮母として働き、
3人の子どもを大学に進ませていらっしゃいます。

星野さんは、大学時代に母親から毎月送ってもらった書留封筒と手紙の束を、
ずっと大切にしていたそうです。

明治大野球部では、スパルタ教育で名をはせた島岡吉郎監督に出会います。

島岡さんから・・・
「命懸けでいけ!」
「魂を込めろ!」
「誠を持て!」

の三つの教えを徹底的に仕込まれたと自伝『夢』に記していらっしゃいます。

やるだけやったら、それでいい。 愛と勇気のリーダー語録

シンプル・リーダー論―命を懸けたV達成への647日 (文春文庫)

星野さんは島岡さんに、知らない父親像を重ねていたのかもしれません。

厳しさと愛情!

それは・・・星野監督そのものでした。

その影には、母子家庭の中で強く、逞しく、愛情に包まれて
育てれたからこそ・・・

圧倒的なパワーの源「お袋に恥をかかしちゃいかん!」

そんな、星野さんが70歳で亡くなったのはとても悔やまれます。

監督としての評価が高く、「若者を育てていくことは男のロマン」と語っていた星野さん。

精魂込めて育てた野球人たちの心の中に、いつまでも生き続けることでしょう!

ご冥福を祈ります。

一魂こめて・・・